プロジェクターで映画を観ると・・・
プロジェクター レンタルで、『さらば箱舟』を観ました。
病いをおして完成させた寺山修司の遺作。
ガルシア・マルケスの幻想小説『百年の孤独』の映画化として企画が進行したそうですが、寺山のオリジナル作品となりました。
寺山の原風景である東北を離れて、沖縄を舞台に(設定はあくまで架空の村)、『百年の孤独』に通じる血縁的共同体を日本的な民族イメージで描いています。
存在感という言葉を口にしますが、その基準は人それぞれなのではないでしょうか。
・・・たとえば、体が大きいだけでも存在感を感じるという人もいるでしょうし、「好き」と存在感をはき違えている人もいるでしょう。
しかし、存在感という言葉の根底には誰しもが見えないところで、その相手に対する恐怖感を持っているような気がします。
相手をどこかで恐れているが故に、相手の存在が大きく映るのではないでしょうか。
そんな意味でわたしにとっての「存在感のある役者」と言えば、山崎努なのです。
とにかく、この人が自分の家族だったりして、家でテレビを観ていたり、食卓で向かい合ったりしたら・・・。
想像しただけでもその存在に息が詰まりそうですね。
『八つ墓村』での懐中電灯ダッシュ、『マルサの女』での面妖なダンス。
この『さらば箱舟』での重たい血の臭い・・・。
そして、その役柄を超えたところにある木彫家具のような表情。
そして、これだけ特徴がありながら、誰もモノマネできない一種独特な雰囲気とポジション。
巨人ファンだという平凡な情報もにわかに信じ難いほど、山崎努の存在は重いのです。
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