日本の建築技術 5
石川県加賀市大聖寺江沼神社に現存する、長流亭。
この長流亭は、河端御亭とも称せられ、大聖寺川と熊坂川の支流の合流点の水に臨んだ亭でした。
棟札は、長流亭の上棟を宝永六年(1709)とし、二人の奉行と大工塚本吉右衛門、小工国本小兵衛の名を記しています。
この上棟は、大聖寺藩三代藩主利直の時です。
社伝によれば、長流亭の起工は、大聖寺藩初代藩主利治の万治二年(1659)であり、親交の深かった小堀遠州に依嘱していた設計に基づいたとされています。
小堀遠州の没年は、正保四年(1647)、享年69歳。
設計の依嘱は、年代的に可能な限界であったでしょう。
むしろ、社伝は、長流亭が上棟時よりも早い計画と早い意匠の可能性をもっていたことを物語っていると見ておきたいのです。
加賀藩三代藩主利常の第三子にあたる大聖寺藩初代藩主利治は、支藩を樹立するにあたって、寛永十六年(1639)から大聖寺城という居館を営んでいました。
長流亭起工の万治二年(1659)は、居館群建造の最後の時期にあたっていたのでしょう。
起工50年後に完成した長流亭が17世紀後半の意匠を示しているのは、こうしたことを反映しているのでしょう。
« 資産の保全 | メイン | 日本の建築技術 6 »