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2010年09月 アーカイブ

資産の保全

こうして一〇年間運用すれば、将来超円高に振れても、なんと一ドルが

四六円になっても元本が保証され、日本円での運用益も確保されるのだ。

ここまでリスクをみていれば、資産の保全という点では万全だろう。

この他に年五〇万円を預金しているので、これを円で貯めていけば、一〇年で

五〇〇万円になっている。エグゼクティブトレードによると、これとドル預金が一万五〇〇〇ドル以上ある。

ただし日本円の預金は、一〇年目で一〇五万円を少し超えただけである。

日本の建築技術 5

石川県加賀市大聖寺江沼神社に現存する、長流亭。


この長流亭は、河端御亭とも称せられ、大聖寺川と熊坂川の支流の合流点の水に臨んだ亭でした。


棟札は、長流亭の上棟を宝永六年(1709)とし、二人の奉行と大工塚本吉右衛門、小工国本小兵衛の名を記しています。


この上棟は、大聖寺藩三代藩主利直の時です。


社伝によれば、長流亭の起工は、大聖寺藩初代藩主利治の万治二年(1659)であり、親交の深かった小堀遠州に依嘱していた設計に基づいたとされています。


小堀遠州の没年は、正保四年(1647)、享年69歳。


設計の依嘱は、年代的に可能な限界であったでしょう。


むしろ、社伝は、長流亭が上棟時よりも早い計画と早い意匠の可能性をもっていたことを物語っていると見ておきたいのです。


加賀藩三代藩主利常の第三子にあたる大聖寺藩初代藩主利治は、支藩を樹立するにあたって、寛永十六年(1639)から大聖寺城という居館を営んでいました。


長流亭起工の万治二年(1659)は、居館群建造の最後の時期にあたっていたのでしょう。


起工50年後に完成した長流亭が17世紀後半の意匠を示しているのは、こうしたことを反映しているのでしょう。

日本の建築技術 6

大聖寺藩初代藩主利治の頃には、大聖寺周辺の那谷寺本堂と華奢な三重塔や小松天満宮が加賀藩の御大工によって建てられていました。


加賀藩直属の「地方遣之大工」の存在や、那谷寺の法印が前掲棟札の筆頭であることから類推して、大聖寺城の居館は、加賀藩直属の大工によってなされた可能性が高いです。


御大工の系譜としては、建仁寺流となるでしょう。


ただし、塚本吉右衛門、国本小兵衛の各前は、加賀藩直属の上級大工の中に見出せないのです。


長流亭は、四方に一間幅の畳の入側を巡らし、入側の内側に腰障子を用意しています。


入側の外側は、西側と北側が腰から鴨居までの障子と突き上げ戸になり、東側が二間の開放された縁と土庇、一間半の二枚の板戸と障子。


一間の二枚の板戸と障子の連続になり、南側が一間半の二枚の板戸と障子二つの連続となって西南の玄関になります。


西側と北側には、腰があります。


しかし、こうした入側の外側と内側のたたずまいは、灯心亭で見た畳の入側のように開放的なものなのです。

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