日本の建築技術
大阪府水無瀬神宮に現存する、水無瀬神宮灯心亭。
庭に面した南側と西側に矩折の畳の入側をもったこの灯心亭は、三畳台目の茶室と水屋と記された勝手の二間からなり、小さな間が付属した独立建物です。
立面の意匠は、それぞれに注意が払われており、とくに北面の土庇の丸柱と欄間や三尺奥の広炉土壁面と水屋の腰高障子のたたずまいを含めて山荘と見る人が多いです。
三畳台目の一の間にあたる茶室の部分は、三畳の座敷に中柱と無目の敷居を用意して台目の点前座を付けたものと理解されています。
こうした三畳台目のありかたは、小間の茶室が貴族化したものと考えられていましたが、実は公家階層に好まれたこのようなお茶屋の方が古い形式なのです。
また、畳の入側の室内に近い部分は、共著者の書いた「開放的な茶室の世界」が指摘するように西側や南側の腰障子が畳面の敷居まで開放される独特のものです。
ところで、後水尾上皇に仕えた妹の縁で水無瀬家の当主兼俊の時に、「院様、国母様、一条殿ナト御成ノ由」は、よく引用される寛永十六年(1639)の文章です。
しかし、これは、移建されたとされる前身建物を直接語ってくれません。