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2010年07月 アーカイブ

日本の建築技術

大阪府水無瀬神宮に現存する、水無瀬神宮灯心亭。


庭に面した南側と西側に矩折の畳の入側をもったこの灯心亭は、三畳台目の茶室と水屋と記された勝手の二間からなり、小さな間が付属した独立建物です。


立面の意匠は、それぞれに注意が払われており、とくに北面の土庇の丸柱と欄間や三尺奥の広炉土壁面と水屋の腰高障子のたたずまいを含めて山荘と見る人が多いです。


三畳台目の一の間にあたる茶室の部分は、三畳の座敷に中柱と無目の敷居を用意して台目の点前座を付けたものと理解されています。


こうした三畳台目のありかたは、小間の茶室が貴族化したものと考えられていましたが、実は公家階層に好まれたこのようなお茶屋の方が古い形式なのです。


また、畳の入側の室内に近い部分は、共著者の書いた「開放的な茶室の世界」が指摘するように西側や南側の腰障子が畳面の敷居まで開放される独特のものです。


ところで、後水尾上皇に仕えた妹の縁で水無瀬家の当主兼俊の時に、「院様、国母様、一条殿ナト御成ノ由」は、よく引用される寛永十六年(1639)の文章です。


しかし、これは、移建されたとされる前身建物を直接語ってくれません。

日本の建築技術 2

「開放的な茶室の世界」では、半間の畳縁を周囲にもち開放された障子がある三畳敷の主室と次の間の例を寛永度明正院御所のお茶屋にとっています。


このお茶屋の主室は、三畳の南側に台目畳と床の間をとり、東と北と西の面を開放します。


また、雁行した次の間は、四面が開放になっています。


灯心亭の平面は、この例と直接のかかわりはありませんが、二室の開放的な小部屋から成る点では似たものになっています。


寛永二十年(1643)の明正院御所のお茶屋は、開放的な茶室の一つのピークの頃にあたっています。


これがそのまま灯心亭に結びつかないとしても、灯心亭は、こうした「茶室もうひとつの系譜」に影響された建物の実例と見ています。


したがって、灯心亭が現在の形に確立するのは、移建を考慮して1650年代いっぱいまでくらいとしておきましょう。


茶室西面の入側との境は、横桟に三本二本一本の遊びの入った腰障子で、腰板に半割藤の出会い結び目模様が両面に入っています。


また、入側突き当りの引違いの板戸は、縦の竹の桟を二本一本の吹き寄せにします。


茶室内部は、糸面の角柱で、壁が色土壁になっています。


床の間は、面皮の柱にちょうな仕上げの櫃で壁が色土壁となり、天井に自然木の樟縁とその上の竹を採用しています。

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